テーマは・・・「あくなき挑戦」、金・銀・銅メダリストを目指して
去る5月28日、堺市のリーガロイヤルホテル堺で大阪南地区協会主催の情報通信経営セミナーが、多数の会員事業所様ご出席のもと開催されました。
今回はオリンピックイヤーということもあり、ロサンゼルスオリンピック男子体操金メダリストで日本体操協会理事の森末慎二氏を講師に迎え「あくなき挑戦」をテーマに、オリンピックの裏話や金メダル獲得時のエピソードなどをお聞きしました。
森末氏持ち前の明るさとユーモアにあふれた講演会で、予定の1時間半をオーバーする楽しいお話に、会場は和やかなムードに包まれました。
森末氏が出場した1984年開催のロサンゼルスオリンピックのころは、いまほど選手が厚遇されておらず、現地へはみんな自費で行ったそうです。
メダリストに授与される報奨金等も当時はなく、それでも金メダリストとして皇居で昭和天皇と当時の皇太子殿下(今上陛下)にお目にかかったり、首相官邸に招かれたのは非常にうれしかったと振り返ります。
こうした金メダル獲得時の思い出やエピソードなどについて、概ね次ぎのようなお話をされました。
〜大きな夢を持ち続けて欲しい〜
森末氏が本格的に体操を始めたのは岡山県の私立関西(かんぜい)高校の時で、その頃は年に1日位しか休まないという猛練習振りでした。
そして憧れの日本体育大学に入学、しかし3年生の時に練習中アキレス腱を断裂、2カ月間の入院を余儀なくされるという辛いアクシデントも。
またロスオリンピックでは、開会式の翌日に早くも体操競技が行われ、最初は床運動。倒立の足の震えが気になって得点は伸びなかったけれど、それでも跳馬は9.90、次の平行棒では落下。
メダルをねらえる種目だったので落胆はしたが、これが幸いして周囲の状況が見えるようになり、最後の鉄棒に臨むことができたそうです。
鉄棒では片手の大車輪、3回の離れ技、最後に大車輪から3回宙返りという技がすべて上手くいき、最後の着地もきれいに決まって電光掲示板にはナント10.00の数字が。
「すげー、オリンピックで10.00って俺はコマネチと一緒?」なんて思ったと笑わせます。
そのあと選手村に帰ってから39度の発熱。
決勝は3日後のため薬を飲むとドーピング検査に引っかかるので、サウナで熱を下げながら練習をしたこと。
決勝当日は熱がありながらも頑張って跳馬で銀メダルを、そして鉄棒では金メダルを獲得するという超離れ技を演じました。
ご当人も「気が付けば、あれほど悩まされた熱もすっかり平熱になっていた」と述懐されるほど競技に熱中されていたのでしょう。
最後に、私は27歳で大きな夢が叶いましたが夢は死ぬまで持てるもの。
夢があるから目の前の目標が達成できます。いまの子どもたちは一流大学や大企業に入ることが夢だなんていいますが、それは目標です。
その先にあるのが夢です。
ぜひ大きな夢を持ち続けていただきたい、と締めくくりました。
森末慎二氏プロフィール
1984年
ロサンゼルスオリンピックでは銅メダル(団体)、
銀メダル(跳馬)、金メダル(鉄棒)を獲得。
85年10月
全日本体操競技会を最後に引退、
タレントとして活躍。
06年
九州共立大学特別客員教授に就任。
07年
から日本体操協会理事として体操ニッポン強化のため
日々活躍中。
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